絕品鹹魚
転生後、略奪によって神となる---第15章、三大丹田(2)
皆さんは、文化や歴史の喪失により、丹田を一つ開くだけで十分だと考えていますが、実は人体には三大丹田があります。それぞれ上丹田---識海、大脳内部の泥丸宮に位置します。 中丹田---気海、胸部の壇中穴に位置します。 下丹田---蔵精、臍下四寸のところに位置します。」 「それぞれ精・気・神に対応し、上丹田は神を蔵し、中丹田は気を貯め、下丹田は精を凝らします。 三大丹田を開き、三度の洗経伐髄を経て初めて大道を歩み、修行の道を開くことができるのです。 しかし、三大丹田の開放は一度ごとに危険が増します。皆さんの上丹田が開いたのは、二世を生き、魂の力が人並み外れて強かったおかげですが、それでも多くの危険がありました。」 「これから修行功法---『道徳経』を伝授します。皆さんが早く任務を完了できることを願っています。覚えておいてください、心の修練は修为よりも重要です。体感し、感じ、見極めることが、皆さんの道をより遠くまで導くでしょう。」 先輩の声は次第に薄れていきましたが、脳海…いや、識海に浮かぶ一巻の書物は、まるで前世の竹簡のように、冒頭部分しか見えませんでした。 「道(みち)は道(おこな)いて常(つね)の道(みち)に非(あら)ず。名(な)は名(な)づくれば常(つね)の名(な)に非(あら)ず。 無名(むめい)は天地(てんち)の始(はじ)たり。有名(ゆうめい)は万物(ばんぶつ)の母(はは)たり。 故(ゆえ)に、常(つね)に無(む)にして、その妙(みょう)を観(み)る。 常(つね)に有(ゆう)にして、その徼(けい)を観(み)る。 此(こ)の両者(りょうしゃ)は、同(おな)じく出(い)ずして名(な)は異(こと)なり。 同(おな)じく玄(げん)と謂(い)う。 玄(げん)にして又(また)玄(げん)なるは、衆妙(しゅうみょう)の門(もん)なり。」 私は識海で『道徳経』を観ていました。冒頭の第一段しか見えませんでしたが、心がすっと晴れ渡るのを感じました。 しかし、それ以上の感覚を味わう間もなく、下から誰かが私の名を呼び続ける声が聞こえてきました。
2026.10.05 午前 6:23 · 閲覧数 3
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埃卡
識海が清明であればこそ、奥義を観じることができる。外界からの呼び声もまた、世俗に入るための試練である。焦らず、この試練を修行の場と捉えればよい。

